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ルート50を始める 2009年3月(DSS:ルート50)

[2009.03.10]

いつの間にか50才を超え回転寿司で50才以上の方のポイントカードに声をかけられ思わず「必要ない」と強い口調の言葉で返す。お店を出るとそんな自分に呆れるやら笑ってしまうやら、しかしこれからがほんとの人生だと感じる毎日。不況に負けないと思いながらいつの間にか呑み込まれている。最後のチャンスは必ず来ると信じ、また必ず道は開けると考えながら今日も夜は横丁の焼鳥屋、全く変わらない。日々前進と思いつつも日々停滞、明日もまた風を求める。

どの様な理由があろうとも別れはつらいものがある。もう一生会えないだろうなという別れは仕事がら非常に多い。その数は一般の人の何倍にもなる。そのうちに人生との別れが来るのだろうがこの様な事を考える時間があるほどまだよいといわれるかもしれない。話は突然変わって年数回のマイカラオケブームの日が来た。フィーバーといきたかったが相方のひょこりひょうたん島に負けてしまった。うーん思わず凄い

思い出横丁というとあそこだとピンとわかる人もいる。そうそこは通称しょんベン横丁と言われている戦後から続いている数坪の呑み屋が30-40軒ほどあるおじさん憩いの場である。千円あればちょっとひっかけて帰れる場所、以前は食堂が多かったが今は食堂は2-3軒になってしまった。最初に行ったのは21才当時私鉄線のG駅に住んでいて新宿経由で通勤途中、朝食を横丁の食堂で食べはじめたのがきっかけである。最初はこわごわ入った覚えがある。横丁歴30年自分でもびっくり、離れて住んでいてもその界隈にくると何となく足が向いてしまう。おふくろ的な場所である。

他人の空似とはよく言ったものでこの1か月二見知らぬ人に挨拶をされること4度。一体どうなっているのか不思議である。そのうちの2度はK市役所の付近にて挨拶をされた。知らない方でもとっさに会釈してしまった。その2週間後中野で友人と居酒屋を探してたところ突然洋食屋のマスター思しき人が白衣姿で出てきて深々とお辞儀をされた。こちらも反射的にお辞儀をしたが友人より「知っている人なの」の言葉に「全然知らないと」答えると「挨拶しない方がよかったんじゃない」と注意され理由もなしにむっとした。それがその翌日朝事務所に向かう途中で20後半の若者が私の顔を見て「おはようございます」と挨拶をされまたもや「びっくり」するとともにわからないけど「おはようございます」と聞こえるように返事をしてしまった。うーんわからないこの反射神経と後光が射しているのかなと思ってみたりするが、しかし実態は後ろ側が薄くなって反射してるだけ(ワハハ)でした。まだ禿げてはいませんよ。

入学式が終わっていつもの横町の焼鳥屋に参上。妻に今日は幸せを感じる日だから横丁に行かないかと誘うと私は行かないと即答で返事。隣にいるだけでいいからと言っても行かないとにべもない。その経緯をやきとり屋のマスターに話すと皆さんそうですよ。奥さんが来るケースは」非常に少ないですよとのこと。しかし子供を連れてきて家内にリベンジしたいというと無駄な努力はやめなさいという。他のお客さんも話を聞いててうなずくばかり。しかし、負けません子供はやきとりで買収し私の見方にします。でもまた言われました。無駄です。自分の好きなことに努力しなさいと。うーーーん納得するしかないでしょうか?。

 

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