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のりさん日記【あの頃】「鶴巻温泉」2010年1月(DSS:ルート50)

[2010.01.02]

【のりさんあの頃「鶴巻温泉」】

学生の頃、実習病院に1年行くために初めて転居することとなった。学校に入学して2年に入り勉学の方もほどほどとなり、厳しいところへ行かなければ国家試験に合格できないと考え 厳しくて有名な病院ベスト3の中のT大学医学部付属病院を希望し試験を受けた。

試験には4-5校から来ていて試験が非常に難しく100点満点の30-40点しか取れなかったが、面接を待っている時に偶然、受験者10名の点数一覧とその中のD校にT大学の担当者が問題の解答について問い合わせをしている電話を聞いてしまって「これは出来レースだ」「気にいらない学校の学生を落とすための試験だ」と思って、学校の教務におかしいとクレームをつけると先生が抗議をしてくれたおかげで試験を受けた二人のうち私だけが合格となった。

大人の世界の汚い一面を見せられるとともにその当時の教務主任S先生に感謝した。実習が始まって他校の生徒に聞いた話であるがあらかじめ問題を渡され勉強するように言われていたそうである。そりゃあびっくりします国家試験レベルの問題を2年生が70-80点を取るのである。いくら勉強ができるといっても受けた7割の学生がそんな点が取れるわけがない。といったところで、当時住んでいた「笹塚」から毎日通うことは不可能に近かったので下宿先を変えることとなった。

探したところが小田急線の「鶴巻温泉」である。病院のある1つ隣の駅であったが、2DKで27,000円(当然自炊)と格安であり東京との物価の違いを感じさせられた覚えがある。駅の前にも多くのお店はな買ったと思うが、田舎に似た感じで住みやすかった。実習病院では、毎日がテストで周辺を散策する暇もなく覚えているのは、数か月に1度通った駅近くの「養老の滝」であった。今も忘れないが、ビール1本、クジラベーコン、やきとりで1,000円あればおつりがきてちょっとした息抜きの場であった。今、思えばとても懐かしい思い出の「養老の滝」であるが今でもたまにお世話になっている。

その後の「鶴巻温泉」はマンションラッシュ(当時は空き地が多かったので開発しやすかった?)となり、当時の面影は駅舎と当時物件を斡旋してくれた不動産や以外には見当たらない。でも毎日勉強し通った思い出はとても貴重であり、箱根に行く時に必ず通る時は当時のことを思い出し何とも言えない懐かしい気持ちになる。

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